2012年10月18日木曜日

ぐるぐるけっこ

秋田弁の特徴の一つに名詞の語尾に「~っこ」を付けるというのがある。一説によれば愛情や親しみを込めた表現だという。あの有名な唱歌「どじょっこ ふなっこ」を思い浮かべていただきたい。実は、この歌、秋田市が発祥の地なのであるが、四季に合わせて4番まである歌詞は、ご存知のように次のとおりだ。
・春になれば しがこ(氷)もとけて どじょっこだの ふなっこだの 夜が明けたと 思うべな
・夏になれば わらし(童子)こ泳ぎ どじょっこだの ふなっこだの 鬼っこ来たなと 思うべな
・秋になれば 木の葉こ落ちて どじょっこだの ふなっこだの 船っこ来たなと 思うべな
・冬になれば しがこもはって どじょっこだの ふなっこだの てんじょ(天井)こはったと思うべな

なるほど、小さな泥鰌や鮒への愛情、親しみの感情は、県外人でも、頷けるのではないかと思うが、我が愛する秋田県人は、それに飽き足らずに、氷、童子、船、天井、それに、なんと、鬼にまでも「っこ」を付ける。しかし、鬼とは云っても、この歌詞で思い浮かべるのは、かわいい子鬼の姿でしかない。そこで、ある考えに至るのであるが、秋田の自然、とくに冬は長く厳しい。その厳しい自然に歯向かってもどうしようも無い、厳しさは受け入れるしかないのである。ならば、「っこ」は、厳しい境遇をにありながらも前向きに考えようとする秋田県人特有の処世術なのであろう。とも思うのである。

と、強引に少しばかり秋田賛歌的に話を進めてきたが、「お茶(じゃ)っこ」、「ちゃわん(茶碗)こ」、「魚(さがな)っこ」、「醤油っこ」・・・・・のように、秋田県民は、すべからくあらゆるものに「っこ」を付けると云っても過言ではないような気もするが、その辺の考察はまたの機会にゆずることにしよう。

それで、今回は「ぐるぐるけっこ」。

種明かしであるが、秋田で「貝」のことを、「けっこ」あるいは「きゃんこ」と呼ぶ。しからば、どの貝でもそうかと言われると、そうでも無いので、あまり問い詰められると苦しいところであるが、どうやら基本的には食用となる種類に限られているようだ。例えば、レイシガイは「にしけっこ」、イガイは「いげけっこ」、あるいは「にたりけっこ」である。似たりは「何か」に似ているのであるが、これは次号で詳しく。
それでいながら、「サザエ」は「さざえ」であり、訛っても「さじぇ」である。「イワガキ」は「かき」であり、「かきけっこ」、「かききゃんこ」とは言わない。「アワビ」も「あわび」である。「巻貝」の類は、普通「つぶ」と呼ばれる。法則性がありそうな気がするが、無いような気もする。

さてさて、この「ぐるぐるけっこ」を食用とするのは、秋田では男鹿半島に限られるようである。正体何かと云えば、「オオヘビガイ」。たしかにその姿は「ぐるぐる」が指すように渦巻いている。



ある日、「ぐるぐるけっこ」は冷凍状態でやってきた。解凍してみても「貝」の面影はまったくない。よくよく見ると、小振りでいながら、少し派手な「なめくじ」のように見えなくもないのである。


はっきり言えば、あまり食欲の高まる姿形ではなかったが、醤油仕立ての吸い物にしてみると、貝類独特の出汁が出て美味い。しかし、浅瀬の岩場に多い貝だからだろうか、かすかな土の香りがする。汁物よりも塩茹でにして美味いかも知れない。ぐるぐるけっこ。さぁ、どじょっこ、ふなっこに続け、夜明けは近い。